
小島秀夫の右脳が大好きなこと=○○○○⚫︎を日常から切り取り、それを左脳で深掘りする、未来への考察&応援エッセイ「ゲームクリエイター小島秀夫のan‐an‐an、とっても大好き○○○○⚫︎」。第35回目のテーマは「唯一無二(One and Only)」です。
唯一無二(One and Only)
昨年の11月末、俳優のウド・キアさんが亡くなった。81歳だった。僕にとって、僕らの世代にとって、彼は映画界だけではなく、時代を代表するアイコンであり、ポップスターだった。インディーズからアートフィルム、B級映画からブロックバスター作品まで、SF、ホラーを問わず280本を超える様々なスタイルの作品に出演。フランケンシュタイン男爵、ドラキュラ伯爵、ジキル博士、切り裂きジャック、悪魔、ヒトラー総統などのあらゆる配役に挑戦、映画界に多大なる足跡を遺してきた。僕らは、唯一無二(ワン・アンド・オンリー)の“レジェンド”を失ってしまった。
2023年、僕は『DEATH STRANDING 2:ON THE BEACH』(2025)を制作しながら、ホラーゲーム『OD』のキャスティングを進めていた。春には、主役となる3人の配役もほぼ決まり、俳優たちの3Dスキャンの準備を始めていた時のことだ。『OD』で最も重要となるキャスト候補の某大御所俳優さんから突然、出演辞退の連絡が来たのだ。プライベートな事情で出演は考えられなくなったと。どうしようか。そこで思い出したのが、ウドさんだった。
2023年7月。僕は、『DS2』のパフォーマンスキャプチャーの撮影でロスを訪れていた。その撮影の合間に、朋友デル・トロ監督といつものレストランで会食をした。その際、ウドさんの話を伝えた。ただ意見を聞こうとしたのだ。すると彼はいきなりスマホを取り出し、目の前でウドさんにメールを打ち始めた。
わずか数分後にウドさんから快諾の返事が来た。ウドさんからは、ひとつだけ注文があった。「私は様々な役をやってきた。私は俳優人生で全てをやり尽くした。“Hideo”のゲームではそれらを超える“特別な存在”を演じたい」と。
8月末、同じく『OD』に出演するハンター・シェイファー(注1)さんと一緒に、セルビアでウドさんの3Dスキャンを行った。スキャンの後は、ウドさんたちと毎晩、一緒に食事をとった。いろんな話を聴いた。名作群の貴重な裏話なども含め、信じられないような“伝説”の数々を聴いた。たまたま僕の60歳の誕生日だった最終日には、みんなと快く祝ってもくれた。「私と逢う時は、これを身につけて欲しい」と、別れ際に骸骨の指輪を頂いた。
10月には、ウドさんが住むパームスプリングスの自宅にも招待された。自宅で再会の乾杯をした後、『OD』の進捗報告をし、彼の行きつけのレストランで会食をした。ウドさんからは、月一のペースでメールを貰っていた。ずっと『OD』の撮影を楽しみにしてくれていたのだ。本来なら、2024年頃には演技シーンの撮影を始める予定だったが、SAG-AFTRA(注2)のストライキが1年近く長引き、リスケジュールとなった。状況を理解してくれていたものの、ウドさんからは、「本撮影はまだなのか?」という催促メールが頻繁に届いていた。
2025年9月のミラノ・ファッションウィーク(注3)。僕は、Ms.PRADAに逢うため(連載
参照)にミラノに滞在していた。その時、ウドさんも「Bottega Veneta Spring/Summer 2026 Show」に招待されており、ちょうどミラノに滞在していた。僕は、例の指輪をつけて、逢いに行った。ウドさんが滞在するホテルのラウンジで、いつもの“ウド節”を聴きながら、楽しいひと時を過ごした。『OD』撮影の再開を約束して、ウドさんとは別れた。このミラノでのファッションイベントがウドさん最後の公式イベントとなった。そして、僕がウドさんを見た最後となった。2026年1月26日、ウドさんの告別式に参列するため、セルビアでのスキャンの予定を切り上げて、米国入りした。僕は慣れない礼服に着替え、日本から持ってきた数珠をポケットに入れ、会場へと向かった。
会場はSanta Monica BlvdにあるHollywood Forever Cemetery。ここは、火葬場や葬儀場だけではなく、音楽ライブや映画上映会、ハロウィンのイベントなども定期的に行われるハリウッドでは有名な場所。
身内や映画関係者50人程度の厳かな告別式だった。会場内では、牧師の挨拶に続いて、弔辞があり、その後は会場に参列している知人、友人、隣人たちから、ウドさんの思い出が涙ながらに語られた。やはり映画関係者やアーティストたちの参列者が目立った。ドイツ訛りの人が多く、ドイツ時代からの関係者も多く参列しているのだろう。知りえなかったウドさんの伝説を共有して貰った。僕も登壇を促されたのだが、僕の英語力では気持ちを伝えるのは難しいと、辞退した。その後、前方のスクリーンで、これまでのウドさんの思い出を綴るモンタージュ映像“One and Only”が流された。若き日のウドさん、最近のウドさん、ラース・フォン・トリアーやヴェルナー・ヘルツォーク、ガス・ヴァン・サントなどの巨匠たちとのショットなど。涙と笑いの中、牧師の締めの挨拶で第一部は終了した。
会場の外に出ると、ウドさんの“骨壷”を乗せた霊柩車が待機していた。ゆっくりと進む霊柩車の後に続き、電動カート数台、その後に参列者は連なって、セメタリーを横切る小道を歩いて進む。驚く程の晴天の中、墓参りに来ている家族たちを見かける。日本の墓場で見かける風景とは趣が違う。墓の前でシートを広げ、まるでキャンプやピクニックのような寛いだ風景。すると、長い尾を持つ孔雀が参列の横を通り過ぎていく。僕らを先導するかのように颯爽と。美しい尾を持つのは雄だけ。ウドさんがここにいる? 参列者に尋ねてみると、ここで飼われている孔雀らしい。霊柩車は墓地の最も景観のよいGarden of Legends区間にある美しい池Sylvan Lakeで停まる。すぐそばにテントが張られており、参列者はそこへ移動。遺灰の埋葬式を見守る。再び、牧師からの終了の挨拶。参列者は、一人ずつ、墓石に近づいて、お花をたむけ、お別れをする。
僕は数珠を握り締め、列に並ぶ。すると、見知らぬ参列者たちから次々と声をかけられ、僕も知り得る範囲で挨拶をした。中には、映画『スワンソング』のトッド・スティーブンス監督もいた。
「ウドからあなたのことは、何度も聴いている。『今度、Hideoのゲームに出るんだ! これがすごい役なんだよ!』とウドの家へいく度にいつも、自慢をされたんだよ!」と。本当に楽しみにしてくれていたんだ。
僕は、骸骨の指輪を指から外して、ウドさんに最後の別れを告げた。ふと周りを見渡す。葬式とは思えない程の“美しい絵”が広がっていた。ウドさんは、最後まで僕らに“映画”を見せてくれた。
注1:ハンター・シェイファー アメリカ出身の俳優、モデル。ドラマ『ユーフォリア』、映画『カッコウ』などに出演。
注2:SAG-AFTRA 全米映画俳優組合・米テレビ・ラジオ芸術家連盟(Screen Actors Guild-American Federation of Television and Radio Artists)の略。映画、テレビ俳優などの権利を守る労働組合。
注3:ミラノ・ファッションウィーク イタリア・ミラノで2月と9月に行われる、世界四大コレクションの一つであるファッションイベント。
今月のCulture Favorite

ウド・キアさんの告別式にて。

2023年にウドさんのご自宅を訪問した際の記念写真。
Profile

小島秀夫
こじま・ひでお 1963年生まれ、東京都出身。ゲームクリエイター、コジマプロダクション代表。1987年、初めて手掛けた『メタルギア』でステルスゲームと呼ばれるジャンルを切り開き、ゲームにおけるシネマティックな映像表現とストーリーテリングのパイオニアとしても評価され、世界的な人気を獲得。世界中で年間最優秀ゲーム賞をはじめ、多くのゲーム賞を受賞。2020年、これまでのビデオゲームや映像メディアへの貢献を讃えられ、BAFTAフェローシップ賞を受賞。映画、小説などの解説や推薦文も多数。ゲームや映画などのジャンルを超えたエンターテインメントへも、創作領域を広げている。
写真・内田紘倫(The VOICE)
anan 2484号(2026年2月18日発売)より



















