井上芳雄「“僕”だった主語が“僕たち”になった時に、広がりを感じたんです」

ミュージカル界のプリンスと呼ばれ、ミュージカル界を牽引してきた井上芳雄さん。音楽番組の司会からバラエティまで幅広く活動している井上さんの、今の心境とは。

Index

    ミュージカルブームといわれる今、あらためて井上芳雄という人が牽引してきたものの大きさを実感する。トーク番組では、ときに毒舌、ときに自虐も交えながら、ミュージカルの魅力を広めてきた。

    ── 昨年のミュージカル『エリザベート』のトート役で、これまでと発声を変えられていましたよね。このキャリアでまだ新しい挑戦をされることに驚きました。

    井上芳雄(以下、井上) 歌に限らず、どのジャンルでももっとうまくなりたいと思っています。ただ、発声に関しては、妻が韓国で発声を学びたいというのについていって自分も始めたので、たまたまご縁があって、流れに身を任せた感じなんです。

    ── でもそれが、人ならざる者の存在感につながっていて、どこまで計算されていたんだろうと。

    井上 あんまりこうしようとか、こうしなくちゃみたいなことは考えてなくて。ただ、共演者の方や演出家やスタッフさんと関わる中で何かアイデアのヒントはないか、つねに刺激を探しています。それが面白くて演劇をやっているところは、多分にあるんじゃないかな。

    ── ミュージカルの場合、どうしても再演が多くなりますよね?

    井上 過去の舞台のことは思い出さないようにしています。森光子さんが、『放浪記』をあれだけやりながら、過去の舞台は覚えていないと。そこが自分がこの仕事に向いているところだと思うとおっしゃっていて。それに感化されたせいもありますが、僕も公演が終わったらどんどん忘れて、今やっていることしか頭に入っていない。再演でも、敢えて思い出さなくても、大事なところだけは稽古していると自然に思い出しますし。

    ── 次に控える舞台『アイ・ラブ・坊っちゃん』は、夏目漱石の小説『坊っちゃん』と漱石自身の日常が交錯する音楽座ミュージカル作品で、今回初役です。

    井上 以前から音楽座の舞台は拝見していたのですが、僕の中で漱石役ってすごく年上の方がやるイメージでした。でも台本を読むと、漱石は自分より年下の39歳の設定で、早いどころかむしろ遅いくらい。と同時に、動きが少なくて比較的芝居要素が強いし、終始怒りちらしている不機嫌な役で、あまりこういうものはやったことがないので面白いかなと思いました。

    ── 三浦宏規さん、小林唯さんというミュージカルの次世代を担う俳優さんたちとの共演です。

    井上 よくネタっぽく「若い芽は潰さなければ」みたいなことを言ってますけど(笑)。正直、僕は長くこの世界にいるだけで偉いわけでもないし、周りは気を遣ってくれているのかもしれませんが、自分が上になったという感覚がなく、正直ほんとにわからないんです。彼らのような若く有望な人たちが増えているのは、ジャンルに勢いがあるということで、それは本当に楽しいしありがたいです。

    自分の身の丈以上の状況で生き残るのに必死でした

    ── 井上さんからは、ミュージカルを一般に広めていきたいという意識を感じます。若い時はどうしても自分のことばかりになりがちですが、ジャンル全体のことを考えるようになったのは?

    井上 確かに、若い頃の主語はつねに自分でした。でも、いろんな経験を重ねるうちに、自分が自分のために自分の仕事をしているだけじゃあまりに広がりがないなと気づくんですよ。その頃(山崎)育三郎くんと浦井(健治)くんの3人でStarSというユニットを組んだのですが、“僕”だった主語が“僕たち”になった時に、主語が大きいといろんなことがやりやすくなるんだなと実感しました。ただ、何か大きなことを成し遂げようという強い想いがあって始めたわけではなく、そっちのほうがやりやすいし楽しいしくらいの気持ちだったんですけどね。

    ── StarSの発端は?

    井上 ミュージカルに見出してもらった僕たちだから、何か恩返ししたいねというのが発端で、3人で何か一緒にやったら面白いことができるんじゃないかと。「やりましょうよ」と焚き付けてくれたのは育三郎くんなんですけど。

    ── 3人の中で井上さんは、どういう役割なんですか?

    井上 やろうと言い出すけれど、自分からは動かないタイプです(笑)。「いつやりますか?」と具体的に動き出すのが育三郎くんで、浦井くんは何も考えてない(笑)。慎重派の僕と、勢いがある育三郎くんと、何も言わずについてきてくれる浦井くんの3人が、いいバランスだったんですよね。

    ── デビューすぐからミュージカル界の旗振り役を担う立場に立たされていたと思いますが、それはどう感じていました?

    井上 当時、僕の世代ではミュージカルをやりたいと思っている若い人ってそんなに多くなかったと思うんですよね。だから結果的に担うことになった、みたいなところはあるかもしれません。昔からミュージカルや舞台が大好きで出るのが夢だったので、嬉しいし頑張ろうという気持ちでやっていた気がします。

    でもやっていくうち、せっかく大きな責任や役割をいただいたのに、自分の役者としての技術的な部分が追いついていないという壁にぶつかるわけです。しかも、大きな劇場での長期公演を埋めるには、まだまだ自分の人気や知名度が足りないと感じたりもして。そこからですね、自分の実力も上げていかなくてはいけないし、もっと多くの人に知ってもらえるよう、こちらから動いていかないといけないんだと感じたのは。

    ── 責任を担うプレッシャーのかかる立場に置かれることを嫌だと思ったことはありますか?

    井上 この世界に入る時に、いつかは主役をやりたいと思っていたけれど、段階を踏んでいくつもりだったのが、そんな順序を踏む暇もなく。自分の身の丈以上のものを与えられているのがわかっているだけに、生き残るのに必死でした。幸運にも生き残っているけれど、当時は、期待に応えられなかったら次はないかもしれない、これが最後になるんじゃないかと毎回心配でした。でも、役柄もポジションも自分が選べることじゃなく、周りの方が決めてくださることなので、いま思えばありがたいです。

    ── でも、まだ20歳そこそこで、置かれた立場にあぐらをかかずにいたことが素晴らしいです。

    井上 もともと慎重な性格ではあるんですが、ある時からこだわりみたいなものがなくなったんです。あまり自分に期待しすぎないというのかな。座長だからみんなに愛されなきゃとか、みんなとうまくやらなくてはとか、ミュージカル俳優としてこうあらねば、みたいなことが、最初の頃はあったと思います。でも自分の力以上のものは出せないわけで、自分が役として必死に取り組んでいる姿を見せていけば、自ずとカンパニーってまとまるんですよね。だからそれでいいじゃないかと、ある種諦めなのかもしれないけれど、そう思うようになったのは大きかったです。

    ── そのこだわりが捨てられるようになったのはいつ頃ですか?

    井上 どのへんだろう…やっぱり結婚を決めたのが大きかったんじゃないかな。当時は、結婚するとファンが減るとか、主役じゃなくなる、みたいなことを言われていましたが、でも、それならそれで仕方ないなと思ったんです。それまではどちらかというと、みんなに愛されたいとか、自分はみんなに愛されるはずだ、みたいな気持ちがあったんです。

    でも人生のパートナーができて、その人が自分のいいところも悪いところも正直に言ってくれるわけです。みんなが自分のことを好きだと思っていたら大間違いだ、とか(笑)。そう思っていたこと自体が驕りだ、とか。率直にそう言ってくれる家族ができて、ようやく気づけたことはありました。あと守るものができて、そのためなら多少うまくいかないことがあっても頑張ろうと思えるのは大きかったです。

    ひとりよりも誰かと一緒にやりたい人なんです

    ── 近年は、KERA(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)さんとのお仕事も増えています。小劇場でナンセンスコメディを追求してきたKERAさんとの組み合わせは意外な気がしますが、KERAさんのSNSでも、よく先々の作品について語り合ってると…。

    井上 KERAさん全部言っちゃうから(笑)。でも最初にお話をいただくまで、自分とは違うフィールドなのかなと思っていました。最初に『陥没』という舞台に呼んでいただいたんですけれど、こんなに面白いものを書く人がいるんだと思ったんです。稽古しながらリアルタイムで台本が上がってくるという。あと話していたらすごく面白いし、芸風が似ているわけではないのに話が弾んで心地いいんです。すごく幸せな出会いをさせてもらったなと思っています。

    ── 通ってきた文化が違う気がしますが、どんな話題を?

    井上 意外と似てるんですよ。KERAさん自身も音楽をやっていらっしゃいますし。膨大な知識は比べようもないですが、日本の古い芸能とか演劇史、古い映画など興味の対象が近いんです。しかもKERAさんはお笑いの造詣も深い。 KERAさんの笑いって結構理論的だと思うんですよ。自分が俳優を続けていく上で笑いって必要なスキルだと思うのですが、その笑いの法則がとても勉強になります。もともと僕は、なんでもできるようになりたい人なんです。

    ── そんな井上さんが、ここからやれるようになりたいこととは?

    井上 できないことはまだまだいっぱいありますが、強いて言えば、ひとり喋りをあまりやったことがないかもしれない。ただ僕の場合、ひとりでやるっていうことにあまり興味がないんですよね。歌に関しても、誰かと声を合わせたりするほうが、楽しいし好きなんです。ソロコンサートをあまりやらない理由もそれで、何かをやるなら誰かとやりたい人なんです。

    Profile

    井上芳雄

    いのうえ・よしお 1979年7月6日生まれ、福岡県出身。俳優。2000年、大学在学中にミュージカル『エリザベート』ルドルフ役でデビュー。以降、数々の舞台に出演。近作に、ミュージカル『エリザベート』、舞台『大地の子』などがある。現在放送中の『はやウタ』(NHK総合)、生放送!井上芳雄ミュージカルアワー『芳雄のミュー』(WOWOW)ではMCを担う。

    information

    『アイ・ラブ・坊っちゃん』

    井上さんが出演するミュージカル『アイ・ラブ・坊っちゃん』は、1992年に音楽座ミュージカルで初演され、紀伊國屋演劇賞・団体賞や読売演劇大賞優秀作品賞などを受賞した作品。小説『坊っちゃん』を執筆する夏目漱石の日常と小説世界がシンクロしながら展開。演出はG2。5月31日(日)まで明治座にて上演中。以後、北海道、大阪でも公演あり。公式サイト

    Loading...
    写真・小笠原真紀 スタイリスト・吉田ナオキ ヘア&メイク・川端富生 インタビュー、文・望月リサ

    anan 2494号(2026年5月1日発売)より
    Check!

    No.2494掲載

    熱狂の現場 2026

    2026年05月01日発売

    いま人々の心を熱くするエンタメの現場に迫る「熱狂の現場 2026」特集。熱狂を生み出す現場からの熱い思いを伺いました。

    Share

    • twitter
    • threads
    • facebook
    • line
    ピープル

    Recommend

    こちらの記事もおすすめ

    要潤「与えられた役を、ただ一生懸命やる。その気持ちをずっと大事にしています」
    要潤「与えられた役を、ただ一生懸命やる。その気持ちをずっと大事にしています」
    People
    カナカが茶道を習う理由「作法に集中していると精神が研ぎ澄まされて整う感覚があるんです」
    カナカが茶道を習う理由「作法に集中していると精神が研ぎ澄まされて整う感覚があるんです」
    People
    藤井サチ「ピアノを再開してから時間の使い方もゆっくりになりました」
    藤井サチ「ピアノを再開してから時間の使い方もゆっくりになりました」
    People
    華乃「恋する女の子の日常に溶け込む音楽を届けたい」
    華乃「恋する女の子の日常に溶け込む音楽を届けたい」
    People

    Movie

    ムービー

    Regulars

    連載