人との出会いや偶然の出来事が重なり、俳優という職業にたどり着いた渋川清彦さん。流れに身を任せ、そして執着はしない。飄々としたその佇まいの裏にはどんな思いが?


ちょっとでも暇があったら映画館に行って映画を観る。家だと、なんか駄目なんです。

ミニシアターで上映されるような、少しクセがあり、アート色の濃い映画に数多く出演している。そんなイメージが強い、俳優の渋川清彦さん。ファッション誌のモデルの経験があり、音楽が好き。サイコビリーのバンドでドラムを叩いていたこともある。アーティスティックなイメージが強い渋川さんが、もうすぐ公開される主演映画『中山教頭の人生テスト』で演じているのは、小学校の教頭先生!

――これまでに撮影されたいろんなポートレートを拝見すると、基本的にいつももみあげを長くキープしていらっしゃいますよね。でも今回、中山教頭のヘアスタイルは、もみあげが、ほぼない。教頭を演じるにあたって、そこはこだわりだったのでしょうか?

渋川清彦さん(以下、渋川):そう、そうなんですよ。もみあげ切るの、イヤだったなぁ…。でもまあ、伸びましたし(笑)。

――中山教頭の、グレーのスーツにニットのベストというまったくファッションとは無縁の出で立ちを見て、「教頭先生ってこうだった!!」と、一気に小学生時代にタイムスリップした気がしました。

渋川:確かに、教頭先生ってベスト着てるイメージがあるし、なんか存在感が用務員さんに近い印象もある…。なんでしょう、微妙ですよね。偉いんだろうけれど、一番偉いわけではなく、いろんなものの間に挟まれてる感じ。不思議な存在だよなって思います、教頭。

――今回の映画の出演オファーが来たときは、どう思われました?

渋川:まず、主演っていうのがあまりないので、そこに関しては驚きました。役柄については、「教頭先生で、校長を目指して試験を受けるんだけど、カンニングして、でも落ちる、みたいな役です」と言われまして。先生なのにカンニングをするという時点でまずおもしろいな、と。あと中山教頭が、「先生や大人がこうしなさいって言うことは全部まちがってる」と言うセリフがあるんですが、それを言えちゃうところもいいな、と思いました。

――ということは、若い頃、大人に対してご自身も同じようなことを思っていたりされました?

渋川:いえ、そこまで尾崎豊さん的なことは別に思ってないです(笑)。逆にこのセリフを聞いたとき、「え、“全部”なのかなぁ。なかにはいい大人もいるからなぁ」とか思っちゃったし、もしそう思っていたとしても、“全部じゃなくて、大体まちがってるよね”みたいに濁すじゃないですか。でも中山教頭は言い切れる。

――なのに、カンニングするんですよね、昇進試験で(笑)。

渋川:ねぇ(笑)。信念がある人なのか、そうじゃないのか、よくわかんないですよね。しかも落ちたあとは清々しささえあるっていう。

――奥さんを亡くされて、子育てのための時間を捻出するため、忙しい教頭ではなく時間的余裕のある校長職を目指す、と言ってはいましたが…。

渋川:本当に校長になりたかったのか、もはやわからないですよね。たぶん彼は、自分の意志で人生を切り開くよりは、自分の周囲で起こるいろんな流れに乗っかってここまで来た人だと思う。実は僕も結構そういうタイプなんですよね、予期せぬことが起きたらそこに乗っていく、という。僕もたまたまナン・ゴールディンという写真家の被写体になったことでモデルになって、それがきっかけで事務所に入り、芝居の仕事をもらったから、俳優になったわけで。

――渋川さんと中山教頭、似ていますか?

渋川:教師と俳優というと職業は全然違いますが、本質的には意外と近いと思いますよ。基本的にはふわふわしていて自分の意思があまりなく、ダメ男みたいな感じなんだけど(笑)、実は曲げられない芯が1つある、みたいな。中山教頭にとっての芯は、たぶんさっき言ったセリフに表れてるんじゃないですかね。

――渋川さんの芯とは?

渋川:うーん…映画が大好き、ということかなぁ…。時間ができると映画館に行きますし、基本、映画は映画館で観たいです。

チャーミングな監督と映画を作りたいです。

――ドラマ、舞台、映画など、芝居の現場は多々ありますが、出るほうとしても映画が好きですか?

渋川:そうですね。他の現場と何が違うのかな…、熱意…? いや、ドラマの現場にも熱意はあるし…。なんか、映画監督が好きなのかもしれない。昔からよく一緒に遊んだりもしていたし、その監督が作るチーム、いわゆる“○○組”っていう雰囲気が好きなのかも。オファーをもらったとき、まずはスケジュールを確認しますが、その次にどんな監督なのかが気になります。

――今回ご一緒した佐向大監督は、どんな方ですか?

渋川:チャーミングな人です。映画を観た方に「中山教頭がチャーミングだった」と言われたことがあるんですが、そういう意味で、佐向さんと中山教頭は似ているのかもしれません。現場の空気だけでなく、役柄にも監督らしさって結構出るんですよね。あ、あと映画が好きっていう話でいうと、これは出来上がってからの部分もありますが、どの映画館で公開されるのかっていうのも、結構チェックします。僕が参加する作品はミニシアターで公開されることが多くて、ミニシアターってそれぞれ色があるんですよ。なので、“この作品はこの映画館なのか~”みたいなのも、僕にとってはおもしろいポイントです。

――今回の作品は、東京は新宿武蔵野館と、恵比寿ガーデンシネマなどで公開ですね。

渋川:ね、これちょっとびっくりだったんですよ。武蔵野館は最初の単独主演映画『そして泥船はゆく』も含め、よく僕の映画をかけてくれるので、嬉しいし、わかるな、と。でも、恵比寿ガーデンシネマはなんかおしゃれなイメージがあったので、ちょっと意外でした(笑)。なので、公開されたら観に行きたいです。

――この作品は、生徒や親、教職員のいろんな思惑が絡み合い、中山教頭はその中で翻弄されるわけですが、観終わったあと、すごく人と語り合いたくなる、そんな感想を持ちました。 

渋川:いわゆる派手な映画ではないし、大事件が起きてそれを解決する、的なストーリーでもない。でもその、“解決しないから、いい”という感じもあるような気がしていて。世の中って、わかりやすかったり、キラキラしたものだけでできているわけではないからこそ、解決しない作品の存在意義もあるんだと思うんですよね。その辺りが伝わると嬉しいです。

劇団育ちなどではないから、コンプレックスはあります。

――先ほど、モデルを経て俳優になられたと伺いましたが、最初に演技の仕事をもらったとき、戸惑いはなかったですか?

渋川:最初に入った事務所は、モデルをやっていると次は芝居のオーディションという流れが普通だったんですよ。そのときはおもしろかったとか達成感があったとかも、特になく…。でもスタートがそうだからこそ、芝居に対してはずっとコンプレックスみたいなものがありますよ。

――今でも、ですか?

渋川:もちろん、もちろん。劇団で学んだとか、一切ないですからね。だから舞台のお話をいただけたら、タイミングが合えば絶対やりたい。舞台は学べるものが大きいし。

――俳優になって29年経って、いま感じるおもしろさややりがいって、どんなものですか?

渋川:えぇ~…、う~ん、そうだなぁ、そうですよねぇ…。

――困ってますね(笑)。

渋川:ねぇ(笑)。でも、質問の答えとは違うかもしれないですが、コンプレックスがあるという割に、別に体も作らないし、普段から芝居の練習をしているわけではないんですよ。ただ、仕事がないときでも不思議とそんなに不安はなく、“なんとかなるな”と思っている節があって…。この間も、2月から3月にかけての時期、1か月くらい現場がないことがあって。それこそ映画館行ったり、子どもの送り迎えをしたりして日々を過ごしてたんですが、なんでしょうね、自信ってわけではないんですが、“なんとかなるだろ”って思ってました。

――モデルも俳優も、“カッコよさ”を体現する職業なのかな、と思うのですが、ご自身がカッコいいと思うモノや人って、若いときと今で、変わりましたか?

渋川:カッコよさ、かぁ…。何かを見てカッコいいな、と思う瞬間は結構あるんだけれども、どうかなぁ、変わったのかなぁ…。

――最近何かを見て、「カッコいい!!」って思いました?

渋川:浅野忠信さん! 少し前に初めて浅野さんがやってるSODA!っていうバンドをライブで観たんですが、めちゃくちゃカッコよかったんです。で、その後3月の高崎映画祭で、去年公開された永瀬正敏さんと浅野さんが出演した『箱男』という映画が最優秀作品賞に選ばれて、ご一緒する機会があって。というのも、僕は群馬出身という縁で映画祭の司会を務めていたんですが、『箱男』に出演もしていたので、永瀬さん、浅野さんらが登壇したときに“一緒にどうぞ”みたいになり、ステージに上ったんです。それで一人ずつ中央に置かれたスタンドマイクの前に出てひとこと、みたいになったときに、なぜか浅野さんがハンドマイクも持っていて、「あれ? マイクが2本?」みたいに言いながら、マイクを2本使って話を始めたんですよ。その姿がめちゃくちゃカッコよくて…。

――なるほど(笑)。

渋川:誰かに1本渡すでもなく2本使うところがチャーミングだし、機転が利く感じもカッコいい。それを見ながら、もし俺に同じことが起こったらどうするんだろう…、絶対あんなにカッコよくやり過ごせないって思ってました(笑)。

渋川清彦さん

Profile

しぶかわ・きよひこ 1974年生まれ、群馬県渋川市出身。モデルを経て、’98年『ポルノスター』(豊田利晃監督作)で映画デビュー。2013年『そして泥船はゆく』(渡辺紘文監督作)で映画単独初主演、’21年に出演した『偶然と想像』(濱口竜介監督作)が第71回ベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞。映画を中心にドラマや舞台でも活躍。

主演映画『中山教頭の人生テスト』

Information

6月20日より全国公開。とある小学校を舞台に、校長昇進試験を控えるごく平凡な教頭が5年生の臨時担任を務めることに。流されやすい彼が子どもたちと向き合うことで、クラスや学校、そして家庭の問題が浮かび上がり…。大杉漣の最後の主演映画『教誨師』を手がけた、佐向大監督の最新作。

衣装は本人私物

写真・伊藤明日香(zelt) インタビュー、文・河野友紀

anan 2450号(2025年6月11日発売)より
Check!

No.2450掲載

恋と運命。

2025年06月11日発売

anan恒例の占い特集の最新版。激動の2025年後半の行方を人気占い師たちが導き出します。G・ダビデ研究所、Keiko、鏡リュウジ、星ひとみ、yuji、しいたけ.など超豪華ラインナップです。

Share

  • twitter
  • threads
  • facebook
  • line

Today's Koyomi

今日の暦
2025.6.
19
THU
  • 六曜

    仏滅

いろいろな差異や主張はあるにしても、個人レベルで解決できることなら、あえて大ごとにしないほうがいい、という意味の日です。人として節度を守ることがテーマと言ってもいいでしょう。もしこれが社会的な差別や偏見、誤解ともなれば話は変わってきますが、それを正そうと立ち向かうにも今日は力不足な感があります。

Movie

ムービー

Regulars

連載