
E-girlsとして活躍し、現在はモデルとして活動する佐藤晴美さんが、30歳で挑んだのは、次世代へと想いをつなぐプロデュースという未知なる世界。プレイヤーから託す側へ、その舞台裏を辿る。
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パフォーマーとして踊り続けてきた彼女は、今育てる側に立っている。幼少期からダンスに親しみ、16歳でオーディションに合格。E-girlsの2代目リーダーとして一時代を築き、解散後はモデルとしても存在感を確立した佐藤晴美さん。自身がプロデュースする「CIRRA」が3月18日にデビューを迎える今、30代に入ったばかりの彼女が見つめているのは、グループの未来と、自身のこれから。
── 初めて“送り出す側”になってみて、どんな感覚でしたか?
そもそもプロデュースすること自体が本当に初めての経験で、未知の領域。自分がどんな感情になるのか、どんなスタイルで向き合うのかも分からないまま、手探りで始まった感覚があります。でも思っていた以上に、楽しい。大変なことも多いですが、その中で少しずつやりがいや、自分にしかできない向き合い方、クリエイティブが見えてきている。その過程自体が、今はとても面白いと感じています。
作品が完成して世に出る瞬間を想像すると、もちろん緊張します。自分の手から離れていく感覚もある。でもそれ以上に、みなさんに「早く届けたい」という気持ちのほうが強いんです。オーディションの頃から見守ってくれている方々に、あの“卵”のようだった子たちがここまで成長したことを届けられる。その瞬間に立ち会えることが、何より嬉しい。だからこそ、できるだけ早く、見てほしいんです。
── オーディションの構想は2024年の夏に遡るそうですね。
E-girlsが2020年に解散し、コロナ禍も重なって、メンバーそれぞれが自分の人生に向き合う時間に入っていって。あのタイミングで幕を閉じたのは、必然でもあったと思っています。LDHのエンターテインメントには、「継承」という文化があります。EXILEさんが築いてきたものを次世代へ手渡していく、その流れをずっと見てきました。E-girlsは、EXILEの“E”を受け継ぐ形で生まれたグループです。もしかしたら、ガールズグループとしての新しい軸を作る構想もあったのかもしれない。
でも、私たちはそれを十分に体現できなかったのではないか、という想いがずっと心に残っていました。女性は、ライフステージにおける選択によってその後が大きく変わる。結婚や出産というフェーズがそれぞれ異なるタイミングで訪れる。そうした変化を前提にしながらも、長く輝き続けられる道をLDHの中に作れたらと考えるようになったんです。それが、私のやり残していることなのではないか、と。
── 解散後、ソロになってからは、モデル業に集中されていました。
そうですね、一気にモデル業に舵を切りました。ファッションが本当に好きで、その分野で自分の立ち位置を確立したいという明確な目標もあって。そこに迷いはなかったと思います。でもモデルとして仕事を重ねる中で、少しずつですがふと気づいたんです。ダンスは私の武器だったということに。単なるキャリアではなく、自分の表現の根幹にあるもの。まだ踊れるし、まだ踊りを活かしてできることがあるんじゃないか。それから、自分のルーツを活かして、人生をより豊かにするにはどうしたらいいのかと考え始めたんです。
E-girlsへの想いは“未練”と少し似ている

── 環境が変わったことで、武器が別の角度から見えてきた?
そうですね。ちょうど事務所の後輩たちとコラボする機会があって、自分の活動を客観的に振り返る時間が生まれました。そのときにやりきれなかったことや、どこか腑に落ちていなかった感情が、一気に浮かび上がってきました。
── 後悔、とは少し違うもの?
“未練”と似ているかもしれません。SNSを通しても、ファンの方々の声も継続的に届いていました。悲しみや、復活を願う気持ち。それを受け取るたびに、「この想いは決して少数ではない」と感じていたんです。ただ、それをどう扱うべきかは分からなくて。E-girlsは、私にとっても、ファンの方々にとっても大切な場所。だからこそ「このまま前に進んでいいのか」という迷いもあったし、かといって「解散したものに触れるべきではない」という想いも。とても自分一人で結論を出すことはできなかったので、HIROさんに相談しようと決めたんです。
── すぐ相談できたんですか?
それが、なかなか言い出せなかったです。大きな理由として、「過去の決断を否定しているように見えないか」という心配がありました。解散を選んで、それぞれの道を進むと決めたのも私たち。その事実を前にすると、不義理になるんじゃないかって、ずーっとぐるぐる考えていました。
── それを越えられた理由は?
自分の足場が固まったからだと思います。個人活動でやりたいことを一つずつ叶えて、自分自身の現在地に納得できていた。なりたい自分になれたし、自分で自分を認められるようになった。「今の自分なら、過去と向き合っても揺らがない」と判断できたんです。ちゃんと胸を張ってHIROさんの前に立てる自分になれた、そのタイミングだったと思います。
── 実際には、どんな話を?
「E-girlsを復活させたい」という話ではなく、ガールズグループの“次の形”を一緒に考えられないか、という相談でした。HIROさんからは「そんなふうに考えてくれているなんて思わなかった、めっちゃ嬉しい。気合入りました!」と言ってもらって。想像とはまったく違う反応でした。
── プロジェクトが始動するにあたって、掲げていたのは復活ではなく、継承の精神?
E-girlsという名前をもう一度掲げるのではなく、「あのとき、すべての情熱を注いだガールズグループ」という場所にあった哲学を、次世代に手渡したかった。同じものを再現したいわけじゃなくて、その意志や哲学を受け取った子たちが、自分たちのやり方で輝ける場所が作れたら、それがお互いにいい形。だからこそ、思い切れた。オーディションの開催は迷いもあったけれど、HIROさんからの「ゼロから晴美の色でチャレンジしよう。やるなら大きくやろうよ」という言葉に背中を押されました。
── 構想から約1年余り。選考と育成の時間を経て、10人組ガールズグループ「CIRRA」が誕生しました。CIRRAの音楽は、J-POPを軸に据えていますね。
今はガールクラッシュやK-POPのようなトラック重視のスタイルが主流。もちろんそれも素晴らしい。でも、歌詞がまっすぐ届いて、メロディが記憶に残るガールズグループは、むしろ少なくなっている気がして。だからこそ、J-POPを大切にしたいと思いました。オーディションの3次審査で安室奈美恵さんや西野カナさんの楽曲を課題にしたのも、その延長です。世代を超えて届く楽曲で、しかもバラードで踊る。今、その選択をするグループは多くない。どこかに切なさや情緒があるからこそ、記憶に刻まれる。その両立を目指したい。
結局、自分のルーツに勝るものはないんですよね。E-girlsのポップスだったり、Flower時代に表現してきたバラードだったり、そこにしかない温度や空気感がある。それが、私にしか提示できないエンターテインメントの形なのかもしれません。
── パフォーマーとしての感覚は、今も体に残っていますか?
色褪せないです。それに、自分がステージに立っていたときの身体感覚が、まだ鮮明に残っているうちに、彼女たちと向き合いたかった。心と体の距離が開いてしまう前に。もう少し時間が経っていたら、踏み出していなかったかもしれないなって思います。
喜怒哀楽を味わい尽くすそんな30代にしたい

── プロデューサーになって、改めて気づかされたことは?
今の子たちって、いい意味でとてもストレート。「これは好みと違うかも」「こんな動画を撮ってみたい」と躊躇なく言葉にする。私たちの時代は、まず“空気を読む”ところから始まっていたので、その違いには驚きました。
── 眩しさもある?
ありますね。でも、それを年齢の違いだけで片づけたくはない。裏表のない感情が、そのままその子の個性になっていく瞬間を何度も見てきました。これは守るべき個性なのか、そこを見極めるのが、私の役割だと思っています。
── 正解を教える、というより?
一緒に探す感覚ですね。メンバーとの距離感も難しくて、私はプロデューサー然とするタイプでもないし、かといって“母親”になるのも違う。情が深すぎるとクリエイティブを曇らせるし。まだまだ答えは出そうにありません(笑)。
── では最後に、30代が始まったばかりの今、これからどんな時間を生きたいですか。
30代は、自分のためだけの10年にはしたくない。周りの人や、プロデュースしている子たちが輝くために、自分の時間を使いたい。とはいえ、自分を後回しにしすぎないことも必要で、自分が幸せでいられないと、きっとどこかで歪んでしまう。だから、自分を楽しませることも、挑戦することも、どちらも諦めたくないし、貪欲に。喜怒哀楽をちゃんと味わって、時には傷つくくらい何かに没頭して。その振り幅を重ねることで、人の感情にも寄り添えるようになる気がします。
何より、育ててもらった恩や自分がもらった幸せを、下の世代にも分け与えていくことができたら。その還元も私の人生の大きなテーマです。自分の幸せと、誰かの幸せが、きれいに循環していくようなバランスを30代で見つけられたらと思っています。
Profile
佐藤晴美
さとう・はるみ 1995年6月8日生まれ、山形県出身。女性ダンス&ボーカルグループ「E-girls」の2代目リーダーを務める。現在、モデルとして数多くのファッション誌の表紙を飾るなど活躍中。2025年4月に始動したオーディション番組『ガルバト -GIRLS BATTLE AUDITION-』ではプロデューサーを務める。
写真・神戸健太郎 スタイリスト・NIMU ヘア&メイク・奥平正芳 インタビュー、文・長嶺葉月
anan 2488号(2026年3月18日発売)より














